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福岡高等裁判所 昭和40年(行コ)6号 判決

控訴人(原告) 株式会社丸菱商会

被控訴人(被告) 長崎税務署長

訴訟代理人 斉藤健 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し、昭和三八年八月三一日付法第四六八号をもつてなした法人税額等の更正を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴指定代理人は「主文と同旨」の判決を求めた。

当事者双方の事業上の主張、証拠の提出、援用および認否は、左に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一  控訴代理人の主張

(一)  控訴会社の取締役小野健子、同西川倫治、同岩下幸生に対する損金計上の役員賞与合計金四二五、〇〇〇円の否認について、

かりに、控訴会社の取締役小野健子、同西川倫治、同岩下幸生が事実上、控訴会社の使用人でないとしても、同人らは、いずれも控訴会社の使用人としての職務を有する役員であり、しかも、控訴会社の株主ではないから、控訴会社が同人らに支給した賞与は法人税法施行規則(昭和二二年三月三一日勅令第一一一号、改正昭和三四年政令第八六号)(以下規則と略称する)第一〇条の四の規定にもとずき、損金として計上すべきであつて、これを益金として計上処理すべきものではない。すなわちいわゆる同族会社で使用人としての職務を有する役員とならない者については、規則第一〇条の三第六項第四号に規定するところであるが、同号に規定する「同族会社の役員のうち、その会社が同族会社であるかどうかを判定する場合にその判定の基礎となる株主、又はこれらの者の同族関係者」のうちそこでいう「同族関係者」とは法人税法(昭和二二年法律第二八号)(以下法と略称する。)第七条の二第一項第一号に規定する株主三人以下の同族関係者で、しかも株式を有する同族関係者を指称するものであつて、株主四人、または五人の同族関係者で、かつ株式を保有しない同族関係者は、規則第一〇条の三第六項第四号の規定する同族関係者に該当しないものというべきである。控訴会社の前記三名の役員は、いずれも控訴会社代表者小野信夫から同人名義の株式の贈与を受け、かつては控訴会社の株主であつたけれども、小野信夫は昭和三八年三月三一日に遡つて右贈与を取消したから、前記三名は課税上、もはや、株主でなくなつたし、控訴会社の株主数も、これにより九名から五名に減つたので、結局、前記三名は株主五人の同族関係者で、かつ株式を保有しない者に該当するといわなければならない。であるからして、同人らは、いずれも使用人としての職務を有する役員というべきであり、同人らに支給した賞与については、これを損金として計上すべきであつて、利益処分として取扱うべきものではない。げんに、前記三名に対する賞与については、昭和二六年以降被控訴人によつて損金計上を否認されたことはなく、これは一面被控訴人が、前記三名をその実質にしたがつて役員としてではなく、むしろ使用人として処遇してきた趣旨をも包含するものと思われるが、いずれにしろ、前記三名に対する賞与が、損金として計上されてきたのは、同人らが規則第一〇条の三第六項第四号にいう同族関係者に該当しないと認められてきた証左に外ならない。

(二)  控訴会社の監査役小野喜三郎に対する役員報酬合計金六〇、〇〇〇円の否認について、

被控訴人は、控訴会社の監査役小野喜三郎に対する役員報酬の損金計上を否認するけれども、同人は控訴会社の正当な監査役として、法に則してその職責を忠実に遂行してきたものであつて、その報酬の損金計上を否認されるいわれはない。なるほど、同人は控訴会社代表者小野信夫の四男で、本件法人税額等の更正当時満二〇才であり、しかも、福岡大学在学中ではあつたが、同人の専門科目は商業科であつて、とりわけ会計監査に関する科目の成績は優秀であり、監査役としての責務を果す能力は十分あつたし、また、控訴会社代表者と父子関係にあることや、その年令によつてその職務を遂行するにあたつて支障となつた事実もないのである。

以上、これを要するに、被控訴人によつてなされた控訴会社役員に対する賞与ならびに報酬の各損金計上の否認は、いづれも違法というべきであるから、本件更正は取消さるべきである。

二  被控訴指定代理人の主張

(一)  控訴代理人主張の(一)について、

控訴代理人は、規則第一〇条の三第六項第四号に規定する「同族関係者」とは、法第七条の二第一項に規定する株主三人以下の同族関係者で、しかも株式を有する同族関係者を指称するものである、と主張するが、規則第一〇条の三第六項第四号の( )内の「法第七条の二第一項第一号にいう同族関係者をいう。以下同じ」なる文言は「同族関係者」の解釈を示すものであつて、それは、法第七条の二第一項第一号にいう「株主の親族その他これらと命令で定める特殊の関係のある個人及び法人」ということである。したがつて、規則第一〇条の三第六項第四号の「同族関係者」は法第七条の二第一項第一号の同族会社のみならず、同条の規定する同族会社すべてを指称するものであり、また、その同族関係者は、それが株主であると、事実上の使用人であるとを問わず、法人税法上の使用人としての職務を有する役員とはならないのである。そうであるからして、控訴会社の取締役小野健子、同西川倫治、同岩下幸生は規則第一〇条の三第六項第四号の同族関係者に該当し、控訴代理人主張のように使用人としての職務を有する役員というべきものではない。

(二)  控訴代理人主張の(二)について、

控訴代理人の主張は要するに、控訴会社の監査役小野喜三郎は、監査役としての能力に欠けるところがなかつたし、また、げんにその職責を十分遂行してきたものであるから、控訴会社が同人に支給した報酬について、損金計上を否認される理由はないというのであるが、小野喜三郎が監査役に就任したのは昭和三七年一〇月で、福岡大学二年生として、ようやく会計監査に関する原理を学び始めたばかりであり、そのため監査役としての権限と義務とを具体的に実行して行くための仕事についての認識もなかつたのである。げんに、小野喜三郎は控訴会社の取締役牧村兵太郎、同觜本富三も知らないのであるから、とうてい監査役としての仕事をしたとは考えられず、同人は、たんに名目上の監査役に過ぎなかつたものである。

(三)  以上これを要するに、被控訴人が控訴会社の役員賞与および報酬につき一部損金計上を否認したのは、正当であつて、その更正処分になんらの違法もない。

よつて、控訴会社の本訴請求は失当として棄却さるべきである。

三  証拠〈省略〉

理由

一  当裁判所も原判決と同じく控訴人の本訴請求は全部理由がなく失当であると判断するので、左記のとおり一部理由を付加するほか、原判決の理由記載の全部(ただし、監査意見書に関する判断部分、すなわち同理由中(二)の二枚目表五行目「甲第三号証」以下八行目「右事実を認めるわけにゆかず」までを除く。)をここに引用する。

二  控訴会社の取締役小野健子、同西川倫治、同岩下幸生に対する損金計上の役員賞与合計金四二五、〇〇〇円の否認について、

(1)  控訴人は、右小野健子ほか二名は、事実上控訴会社の使用人に過ぎず、したがつて、本件賞与の実質は使用人に支給した賞与というべきであるから、その損金計上を否認した被控訴人の更正は違法である、趣旨の主張をするので、検討するに、主張にかかる右三名が、控訴会社の純然たる使用人であるならば、それに支給される賞与は利益の分配というより、むしろ給料に対する補足的性質を有するものとして、それを損金として計上することは、もとより許容すべきであるが、適法に法人の役員たる地位にあるものは、その者が実質的に法人の経営に参画すると否とを問わず、もはや使用人というべきではなく、したがつて、その賞与については、法人税法上、使用人に支給した賞与と同一に処理すべきものではない、というべきところ、成立に争いのない甲第四、五号証に原審証人遠藤喜右門の証言および原審における控訴会社代表者尋問の結果を総合すると、控訴会社は株式会社とは言いながら、いわばその代表者小野信夫の個人経営にもほぼ等しい会社であつて、その経営にはもつぱら小野信夫があたり、他の役員がその地位にもとずいて経営に参画する度合は極めて稀薄であつて、前記小野健子外二名も控訴会社の取締役として決してその例外ではなかつたけれども、右三名がいずれも控訴会社の適法な取締役として選任され、本件事業年度(昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日まで)においても、その地位にあつたことは、これを肯認するに十分であつて、これを否定すべき証拠はない。そうだとするなら、これら三名が控訴会社の使用人に過ぎない、とはとうてい言えないし、支給した賞与についても、控訴人主張のように使用人賞与というべきものではない。もつとも、いずれも捺印あることにより、その成立を推認すべき甲第二号証の二ないし四にあわせ、前顕証人の証言や、控訴会社代表者尋問の結果によると前記三名は、控訴会社の取締役として役員の地位にあるが、他面控訴会社の工場長あるいは営業部長などの地位にあつて、常時その職務に従事してきたことが明白であり、そしてかかる前記三名に対する役員賞与が、これまで被控訴人によつて、損金計上を否認されなかつたことは前記引用にかかる原判決認定のとおりであるが、これは原審証人西川信吾が証言するように、被控訴人がこれら三名を純然たる使用人として取扱つたことによるというより、むしろ、法人税法適用にあたつての被控訴人の過誤によるものであつて、これによつて、前記三名の控訴会社における取締役たる地位になんら影響を及ぼすものではない。

結局、前記三名の役員賞与の損金計上を肯認すべきか、否かは、これら三名の前認定の職制上の地位などにかんがみ規則第一〇条の四、同第一〇条の三第六項に則して、前記三名が、いわゆる「使用人としての職務を有する役員」に該当するか、否かを検討することにかかつているものというべきである。そして、前記三名が規則第一〇条の三第六項第四号にいう「その会社が同族会社であるかどうかを判定する場合にその判定の基礎となる株主(本件の場合小野信夫)の同族関係者」に該当するものであり、したがつて法人税法上の「使用人としての職務を有する役員」にあたらないこと、原判決説示のとおりである。

(2)  なお、控訴人は、この点、とくに規則第一〇条の三第六項第四号について次のとおり主張する。すなわち、同号にいう「同族関係者」とは法第七条の二第一項第一号に規定する株主三人以下の同族関係者で、しかも株式を有する同族関係者を指称するものであつて、株主四人または五人の同族関係者で、かつ株式を有しない同族関係者は同号に該当しない、というべきところ、前記三名は株式贈与が取消された結果、昭和三八年三月三一日に遡つて株主でなくなつたし、その結果、控訴会社の株主は九名から五名に減員となつたので、前記三名は株主五人の同族関係者で、かつ株式を保有しない者となつたから、規則第一〇条の三第六項第四号の同族関係者に該当しない。したがつて同人らはいずれも法人税法上の使用人としての職務を有する役員というべきである、という。その主張の趣旨は必ずしも明確ではないが、規則第一〇条の三第六項第四号にいう「同族関係者」は控訴人主張のように、法第七条の二第一項第一号に規定する同族会社に限定してこれのみに適用すべきものではなく、同条の二第一項第二号、第三号の同族会社にも適用があるのである。すなわち、規則第一〇条の三第六項第四号の「同族関係者」の下の( )内の「法第七条の二第一項第一号に規定する同族関係者をいう。以下同じ。」なる規定の文言はたんに、同族関係者の解釈を示すものであつて、これは法第七条の二第一項第一号にいう「株主の親族その他これと命令で定める特殊の関係のある個人及び法人」を指称するに過ぎない。このことはこれら関係法文を検討すれば極めて明白であつて、規則第一〇条の三第六項第四号の「同族関係者」を法第七条の二第一項第一号の同族会社に限定して解釈しようとする控訴人の主張はとうてい採用の限りではない。また、控訴人は、前記「同族関係者」は株式を保有する同族関係者を指称するものである、と主張するが、規則第一〇条の三第六項第四号で同族会社の役員のうち、一定の株主の同族関係者が、法人の代表、専務、常務取締役などの役員と並んで、法人税法上使用人としての職務を有する役員とならない旨規定されたその趣旨からするならば、これらの同族関係者は、当該同族会社の経営に従事する役員であれば、こと足りるのであつて、控訴人主張のようにその株式を保有する役員であると、否とにかかわらないものというべきである。

以上のとおりとするなら、控訴会社が同族会社であるか、どうか判定の基礎となる株主小野信夫の同族関係者であつて、しかも控訴会社の各取締役である小野健子ほか二名(以上の事実は前示引用にかかる原判決認定の事実から明白である。)については、今更控訴人主張のように控訴会社の株式の得喪について検討するまでもなく、法人税法上使用人としての職務を有する役員というべきものではない。もつとも、成立に争いのない甲第六号証によると、本件法人税更正に対する控訴会社からの審査請求に対し、福岡国税局長は「小野健子ほか二名は規則第一〇条の三第六項第四号の規定により同族会社判定の基礎となる株主であるため使用人としての職務を有する役員とは認められない。」との理由で、控訴会社のこの点の審査請求を棄却し、あたかも、前記三名が同族会社である控訴会社の株主であるが故に、法人税法上の使用人としての職務を有する役員に該当しない旨判断しているので、一見前記三名が控訴会社の株主であるか、否かによつて、その結論を異にするかの如き感を抱かせるが、右判断は必ずしも正確なものではないのであつて、前記三名は、これまで、法に則して検討してきたように、規則第一〇条の三第六項第四号にいう「その会社が同族会社であるかどうか判定する場合の判定の基礎となる株主(本件において小野信夫)の同族関係者」に該当するものとして、法人税法上の使用人としての職務を有する役員にあたらないのである。ともかく、いずれにしろ福岡国税局長の裁決理由によつてこれまで検討してきた法の解釈、適用が左右されるものでもないし、控訴人が本訴において取消しを求める被控訴人の本件法人税更正処分を違法とするものでもない。

これを要するに、控訴会社の取締役小野健子ほか二名に対する役員賞与について、その損金計上を否認した被控訴人の更正に、なんらの違法はないものというべきであるから、その取消しを求める控訴会社の請求部分は失当といわなければならない。

三  控訴会社の監査役小野喜三郎に対する役員報酬合計金六〇、〇〇〇円の否認について、

控訴人は、控訴会社の監査役小野喜三郎は監査役としてその職責を遂行するに十分な能力を有し、げんにその職務を履行したものであるから、その報酬について損金計上を否認される理由はない、と主張し、当審証人小野喜三郎も右主張に符合するかの如き証言をするが、右証言を仔細に検討するとき、その信用性については多大の疑念がある。げんに、その一例として、小野喜三郎は控訴会社の監査役でありながら、牧村兵太郎、觜本富三が、いずれも控訴会社の取締役である事実さえ知らないし、また控訴会社の業態はもとより、会計監査上控訴会社が如何なる問題点を包含する株式会社かさえも弁えていない状況であつて、この点甲第三号証(監査報告書)も小野喜三郎が監査役としての職責を遂行したことを証明するに十分な証拠とは決して言えない。小野喜三郎が、控訴会社代表者小野信夫の四男で本件事業年度当時親元を離れ、福岡市内に寄宿しながら福岡大学二年生として通学していたことは前掲証人小野喜三郎の証言によつて明白であるが、もとより商法は、株式会社の監査役の資格についてその兼任禁止を定めるのみで、当該株式会社の代表者と特殊な関係にある者、あるいはその年令などによる欠格条項を規定しないので、控訴会社の株主総会が前記小野喜三郎を控訴会社の監査役に選任したことは適法であることは言うまでもない。しかし、これは、前示引用にかかる原判決が詳細に説示するとおり、控訴会社が、その代表者小野信夫の個人経営にもほぼ等しい同族会社なればこそ、なし得たことであつて、一般非同族会社では容易に見られぬ異例の現象というべきであり、そして原審および当審で取り調べた各証拠を総合すれば、控訴会社が監査役小野喜三郎に支給した本件報酬はなによりも、前記小野信夫が本来個人として負担すべき小野喜三郎の学費、その他生活費を控訴会社にこれを肩替りさせて支出させたものと推認するに十分であつて、かかる事実を覆すに十分な証拠は全証拠を仔細に検討しても、これを見出し得ない。

そうだとするなら、本件報酬の支給は、控訴会社の法人税の負担を不当に減少させる結果となるものであるから、これにつき法第三〇条第一項の規定により否認した被控訴人の処分になんら違法の点はない。

控訴人のこの点の主張も理由がない。

四  以上検討したとおり、控訴会社の本訴請求は、いずれも理由がなく失当というべきであるから、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。よつて、これを棄却し、控訴費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九五条本文を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 木本楢雄 神田正夫)

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